ジェームズ・スペイダー(James Spader)関連グッズ特集【ClubJ.S】

アイテム詳細


ソニー・ピクチャーズエンタテイメント

グループ:DVD

ランキング:47650

価格:¥ 4,935

発売日:1999-04-02

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レビュー(Amazon.co.jp)

???地球上の生物の中で、快楽のために性行為を行うのは人間だけだと言われている。全編の80パーセント以上がセックス・シーンで埋めつくされたデビッド・クローネンバーグ監督の『クラッシュ』は、通常とは違う性行為の方法でエクスタシーを感じる、世間的にはアブノーマルだとかフェチと呼ばれる人たちが続々と登場し、その倒錯ぶりを見せる映画だ。とりわけクローネンバーグが強調してみせたのが、自動車事故を媒介にして得られるエクスタシーである。衝突実験の映像をビデオでグループ鑑賞し、互いの股間をまさぐりあうシーン。クローネンバーグの視点は、そうした男女の妄想と欲望に満ちた姿を見せるだけで、それについていかなる言及もしない、言及するキャラクターを配置しないという、いわば傍観者の立場を貫いているのだ。彼にとってはこういう映画を撮る行為こそが、フェティシズムを満足させることなのだろうか。原作はJ・G・バラード。(斉藤守彦)

カスタマーレビュー

本物  (2007-02-25)
クローネンバーグのねっちょりした空気観が
見事に昇華された1本。
出てくるのは
誰がなんと言おうと
見事な「変態さん」な訳だが
「変態さん」は判り易く「変態さん」ではなく
普通の顔をして周りを侵食していくからこそ
「変態さん」なのである。

したり顔で語るなかれ。
そう簡単に判られてたまるか。
そんな変態さんの意地が情熱が
爆発しているような作品。

いや、面白いですよ。
「大人」にはね。

何処か懐かしい。  (2006-09-18)
地元の場末の古ぼけた映画館で、独り仕事帰りに見た覚えがある。平日の夜だからガラガラで客は数えるほどし
かいなかった。穏和で上品な風体の初老の夫婦が見に来ていて、僕より後方の席に座った。やがて映画が始まる。
痛々しく倒錯的な性とエクスタシーを映す場面の連続に、僕は、今見ている映画と凡そ不釣り合いな老夫婦のこ
とが気になり、何だかいたたまれなかった。よりによって何でこれを選んじゃったのかな? って。結局彼らは
途中退席したらしく、気付くといなくなっていた。ほっとしたが同時に切なかった。映画館を出たあとで何を話
すんだろうとか漠然と思って。僕はと言えば、思いのほか映画に心惹かれた。確かにいい趣味とは言えないし、
映画の人物たちを理解できたとも思わない。でも、夕暮れのベランダから遥か下方に見下ろすハイウェイ。そこ
から立ちのぼる喧噪の中に、人の営みや疲労感。やるせない疎外感と郷愁。人々の平凡さや帰巣本能が、純朴で
愛おしいもののように蠢いて見えた。そして特異な種族に見えた主人公たちを、都市の無数の営みの中から区別
するものが何かあるようには思われなかった。それは絶望的なことにも思えたし、彼らを穏やかに見つめる視線
も残される気がした。かれこれ十年にもなるし、ストーリーなど忘れてしまっているが、映画を見ながら思い描
いた夕方や夜の匂いとか、生暖かい風の中で持て余される孤独感とか、僕の胸に浮かんでは消えていったものの
ことは後になっても思い出せる。今見直したならあるいは幻滅するのかも。でも何故か、何処か懐かしい。

主人公二人の愛を取り戻すための旅の物語  (2006-07-04)
まずこの映画を完成させたクローネンバーグのチャレンジ精神と、俳優陣に拍手です。

確かに賛否両論はあると思いますが、性的な描写や道徳観念からこういう映画は許せないと思う人は、最初からわざわざ見ない方が良いと思います。
私はカークラッシュで性的興奮を覚えるとか、どうとかそんな事に一切興味はありませんが、全てのエモーショナルな部分を取り払ったストーリーに圧倒されました。

今年アカデミー賞を取った同タイトル(マット・ディロンやサンドラ・ブロックなどが出演している)の映画がありますが、比べ物にならないくらいこの映画は衝撃的だと思います。

クローネンバーグのコメントに「確かにこの作品は、万人向けとはいえないでしょう。しかし、観る人たちの精神にゆっくりと間接的に作用する筈です。観客の皆さんは、最後の最後で主人公の二人が実は愛を取り戻すための旅を続けていたことを知るのです。」とありました。

まさしくその通りだと思います。

凡百のエロビデオよりづっと成人映画  (2005-08-18)
最近になって見たわけではなく、それどころかサイゴに見たのは6〜7年前だがディビッド・クローネンバーグ映画のなかでは「ビデオドローム」と並び忘れられないタイトルである。英国のポスト・モダン・フィクションの旗手ジェームス・G・バラードの原作によるこの映画にとっては、ジェームス・ディーンというアメリカン・フィルム・アイコンが死に至った交通事故をいかに忠実に再現するかというマニアックなテーマが全てであり、そのマニアックさこそが彼の映画全てに共通し、そしてその最も顕著な例がこの一本に凝縮されてるといって過言ない一本。この種のパラノイアは時として分裂症的20世紀のメインストリームと対峙するものなのだが、なぜかクローネンバーグ的それは20世紀の文脈に共棲、というよりは病的にパラサイトする不可避のものに見えて仕方がない。もちろん病的モシクは病気そのものなのであるから正統的な評価を下すべき対象ではあり得ないのだが(ツマリ最近カルト・ムービーというジャンルがまるでそのジャンルの成立するがゆえに映画史にも存在を許されたかのように)、ナゼかそれを許してしまうような雰囲気も持っているからたちが悪い。ちなみに彼の対象への過剰な執着心はバタイユ的エロス方面にも向かい、たしかR指定だったかもしれないこのフィルムはNC17もしくはXXX指定してもおかしくない成人映画でもある(苦笑)

どんよりです  (2005-03-13)
最初この映画は、クローネンバーグ監督が映像作家特有のセンセーショナルなドキュメンタリー的フィクションを描きというような単純な理由で、肉体の自虐や事故の衝撃に性的興奮を覚える稀有な連中を集めたバラードの原作を映画化したのかと思ったが、じつは近未来の一般人の趣好を克明に暴露した内容だそうです。

主人公夫妻は「生」に対する寂寥や無反応を「性」を媒介にして調節しようと、人里離れた世界観へと埋没していきますが、その過程で行われていく異常性愛的な方法論は、一般人から見ると片っ端からネガティブで、恐怖以外の何物でもありません。性はこうも奇化していくのかという恐怖。そして行き着く先は表紙のロザンナ・アークエット演ずる義足のブロンド女性や、死ぬまでハイウェイで衝突を続ける奇座一門の頭ヴォーンの姿なのでしょうか。

この映画にて性はなんら旧来のロマンティックな意味合いを持たず、すべてがすべて、じつにあっけらかんと、日常的に気の向いた相手と連続的に行われていきます。もはやそこには誰が誰のパートナーであるというような所有観念はなく、道徳とか背徳とかいった言葉も当然入り込む余地はなく、もうそれで日常としてなんの疑問もなく成立しているのです。さらに恐ろしいのは、この映画の中でほとんどだれも笑顔を見せないということ。誰も楽しそうに笑ったりはしないのです。

デヴィット・クローネンバーグの代表作として間違いない本作は、そのぶっ飛んだ世界観をもって、オーディエンスを稀有な憂鬱へと引きずりこみます。実にイヤ〜〜なトーンで物語がジワジワと進行して行き、見ている方は少しずつ首を絞められているような息苦しさに終始つきとまわれます。それをを嘲笑うかのようなホリー・ハンターとロザンナ・アークエットのニヤケ顔がムナクソ悪い反面、やけに妖艶です。

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